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子供の撮り方 一眼編

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    撮り方解説つきスライドショー。一眼のよさを生かす方法教えます。

子供の撮り方 初級編

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    撮り方解説つきスライドショー。誰でもできるコンパクトデジカメで。

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Recomendation

気分を出そうとベトナムコーヒーとフォーを作ってみた。

Phoga_800
My home, Tokyo  2011

東南アジア→ロシア→日本の鉄道→喫茶店→豪華客船…と近ごろ話題の落差が激し過ぎる当サイトではありますが、巡り巡ってベトナムの話に戻ります。

というのも、ちょうど今日やっとベトナムコーヒーの記事に手をつけ始めたからです。なのに最初に僕がやりはじめたのはコレ。気分を出そうとフォーとコーヒーを作る(笑)。

ここでベトナム土産豆知識。

●インスタントのフォーは安くて軽い定番土産。pho gaが鶏、pho boが牛。初心者はボラれないよう市場で買わず、ホーチミンなら国営百貨店のスーパーがおすすめです。
●コーヒーフィルターは写真のようなぺなぺなアルミ製が風情です。だけど実用性なら脇にプラスチックの小さなツマミがついた、しかもステンレス製がベストチョイス。
●写真の器、バチャン焼は重いのを頑張って持ってこなくても、実は日本の100円ショップでも売っている(涙)。これ、実は「ダイソー」で買った。
●帰国の機内に菅笠「ノン」を後生大事に持ち込むビギナーは、ベトナム通から微笑ましく見られてる…というより内心笑われちゃっている。持って帰って使う?それ。

できあがったフォーも一応載せておきましょうかね(続きに写真)。

原稿がどうなったかって? 聞かない聞かない(笑)。

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マイナス50度の故郷 サハ共和国

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Irkutsk, Russia  2007

今回はついに東京にも雪が降りましたねという話題で行こう…と考えているうちに、ふと彼女の横顔が脳裏に蘇りました。かつてロシア取材のガイドをしてくれた女性です。

世界一の透明度を誇るバイカル湖のほとり、イルクーツクを案内してくれた人。名前なんて言ったっけな。英語ガイドが多いなか、りりしい横顔と達者な日本語が印象的でした。

「ワタシの故郷はとても寒いですよ。冬はマイナス50度にもなりますよ」。またご冗談をと思いつつ、サハ共和国という場所の冬が本当にそうなることを後に資料で知りました。

駆け出し温泉記者の頃からどんなに雪が降っても、どんなに山奥でも自らの運転で取材に行けるのが僕の小さな誇りでした。でもマイナス50度はさすがに未体験の世界です。

カメラマンにも種類があるわけで。

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Peshawar, Pakistan  2000

ここのところバラエティ番組に戦場カメラマンの渡部陽一さんが登場する度に、5歳の娘がにやっと笑いながら「かめらまん〜」と僕を指差すので困ります。

第一オトウサンはあんなにゆっくり喋らない…じゃない、戦争なんて撮れないんです。アフガン内戦時に隣国の国境都市ペシャワールを旅して、つくづく実感したんです。

ある機会に別の戦場カメラマンの写真展に顔を出した時も、来月また戦地に赴く彼にどうにも声がかけられなかった。呑気に「いい写真期待してます!」とか言えないし…。

戦いの最前線とは違うところで人類愛に満ちた傑作を撮るジョナス・ベンディクセンスティーブ・マッカリー。敢えて言えば、僕はこの人たちのようになりたいのかな。

『旅行読売』の養老孟司さんの記事に写真が載ってます。

Novices_800
Luang Prabang, Laos  2000

本日発売の月刊『旅行読売』の巻頭インタビューはベストセラー『バカの壁』でお馴染みの養老孟司さん。しかもそこに添えられたラオスの写真は…そう、僕のです(!)

座右の書のひとつ『バカの壁』の養老さんの記事に写真が載っただけでも嬉しいのに、記事内容にまたもや我が意を得たり、と心打たれてしまいました。

曰く、ラオスの田舎は日本の原風景。旅の効用? 朝オフィスに行って深夜までPCとにらめっこの会社生活のほうが生物として極めて異常…などなど。

後者はまさに僕が一昨年に編集部を解散した理由です。過酷な労働環境を僕は世界的に見ても異常だと社内で公言していましたが、氏は「生物として異常」とまで言っている。

だってさ、田舎の雑貨屋のおばちゃんなんか不況でも仕事づくめにならずに一応生きてますよ。断固として、人生はほどほど労働+自分の生活、&旅なんですってば(笑)。

月刊『旅行読売』 2011年3月号
旅行読売出版社

創刊45周年記念企画の巻頭インタビューは養老孟司さんの「旅の記憶」。年に2回はラオスに虫採りに行くという記事内容にあわせて、高橋のラオス写真2点が掲載されています。

しかし45周年ってすごいですね。実はこの雑誌こそ僕の古巣なのですが、僕がいたときは30周年だった。アジア旅で本を書くという青臭い夢で退社して(いちおう実現)以後、紆余曲折ありつつも、未だに仲間としてお付き合い頂けるのはホントに幸せ。

旅先写真の連載「旅カメラのすすめ」ももちろん掲載中です。

バカの壁 新潮新書
養老孟司 新潮社

与えられた情報に対する当人の姿勢こそが、物事を理解するか否かを決定的に左右する。その事実を平易に述べた大ベストセラー。――題名の「バカの壁」は、(中略)結局われわれは、自分の脳に入ることしか理解できない。つまり学問が最終的に突き当たる壁は、自分の脳だ。そういうつもりで述べたことです――。ピーター・バラカン氏が「養老さん、日本人は、“常識”を“雑学”のことだと思っているんじゃないですかね」と言ったというエピソードも面白い。良識ある編集者の自戒の書として、フリーの皆さんには「文章や写真やデザインや造本をさっぱり理解していないのに開き直るダメ編集者は、つまりこういうワケなのだ」と溜飲を下げる(?)一冊として。続編『超バカの壁』もあります。

ホーチミンの黒い川

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Somewhere on earth  2035

環境汚染が深刻な近未来の2035年あたり、地球のどこかにこんな退廃都市があるのかも。…なんて想像をかき立ててしまうこの景色、実はおととい撮ったホーチミンです。

市内の名だたる観光物件を行き尽くし、しつこいバイタクに「じゃあアナタ、黒い川ミタ?」と聞かれたならば中級者、それも知ってると答えられたら上級者かも。

川は中心街の1区とスラム的な4区を隔てています。淀んだ廃水の南の4区はかつては危険地域の代名詞で、現地人の間ですら「橋は渡るな」と言われたほどです。

けれども今ではたくさんの新しい橋がかかり、1区側の河畔には日越合弁の広い幹線道路まで出来ています。川面の色は相変わらず、こんなふうに黒いままではありますが。

安宿街ファングーラオの現在、確認編。 @ホーチミンシティ

Detam_800
DeTam street, HCMC, Vietnam  2011

ずいぶん変わっちゃった。何もかも、変わっちゃった…。思わず絶句していると定宿にまだいた娘っ子が言いました。「当たり前よ、アナタもう4年も来なかったんだから」。

いまさっき到着したのがここ、「ファングーラオ通り」の通称で呼ばれるホーチミンの安宿街です。いつの間にか第二のカオサンそのものに変貌していました。

2006年の拙著で「ここがいずれはカオサンのような、日本で言う六本木のような街になるのだろう」と記したのですが、以後わずか数年で、本当にそうなっちゃったようです。

艶かしい女性たちが客引きをするレストランが一気に増えて、僕みたいな小心者にはどうにも居心地がよろしくない。かつての素朴さこそこの街の味だったのに…。

そこの席こそ、かつて毎晩の僕の指定席だったんですよ。角の屋台で頼んだヌォック・ミア(サトウキビジュース)を片手に座って、熱気の残る通りを眺めてたりして。

と思ったら、オバサン!アナタ飲んでるそれですよっ! 屋台まだあるじゃん(涙)。

…という具合に、カオサン化の一方で、昔風情なものも半分方は残ってました。

何より嬉しかったのは、予約も連絡もせず訪れた定宿Happy Innの従業員が僕を覚えてくれていたこと。玄関前で目が合った途端、お互い「あっ!」って感じだったのです。

ベトナム人は本当によく人の顔を覚えている…とも拙著に書きました。訪れるたびに、たくさんの人から久しぶりだと声がかかる。第二の故郷はそうして作られてゆく。。。

今回もまさにその通り、何年前から来てないかまですらすら言われてしまうとは、驚くやら嬉しいやら。変わらぬ人情もあったと知って、ひと安心の今晩でした。

ベトナムの結婚式はいきなりカラオケだったの巻

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Countryside of Hue, Vietnam  2011

親友トアンの結婚式に参加してきました。フエ郊外の農村にある彼の実家に集ったのは親族一同&友人たち。超小規模にしたとはいえ、余裕で150人くらいは来てたはず。

式次第はどうなるのかなと思ったら、祭壇にお祈り→父挨拶→親族がマイクを持って→早々にカラオケしかも大音響(以下一族郎党それに続く)…ってタダの歌謡大会!?

なにせ周囲一帯が田んぼの田舎です。足元には犬がうろうろしてるし外にはニワトリが走ってるし、しまいには列席者の飼い犬がヒヨコを一羽しとめてくるし。

披露宴はとにかく飲んで食べて、楽しかったです。右から2人目、新郎のお父さんの嬉しそうなこと。感極まる新婦。それには田舎のしきたりも関係しているみたいですね。

実は前日に新婦実家でも同様の催しをしています。つまりきょうという日は、彼女にとっていよいよ相手方に嫁ぐ日であり、今までの家に別れを告げる日でもあるのです。

続きにもう何枚か。

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結婚式の招待状が届いた。@本日もベトナムから

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Invitation card  Hue, Vietnam  2011

昨晩ホテルに戻ったら、レセプションの女性が「あなた宛に招待状が届いてるわよ」と、真っ赤な封筒を手渡してくれました。これがそのベトナム式・披露宴の招待状です。

開けてみると意外にキッチュでかわいいじゃないですか。やっぱり基本は中華っぽいテイストで赤と金は外せないものの、イラスト遣いがなかなか洗練されてます。

今頃のフエはずっと霧雨。コートが要るほど寒いです。だからあまり出かけもせずに、わずか10歩の向かいのカフェでこんなものを眺めつつ、まったり過ごしているのです。

数少ない仕事的ミッション「ベトナムコーヒーを撮る」もついでにやっつけたので、あとはカフェでコドモたちの遊び相手をひとしきり。実に自堕落な今日なのでした(笑)。

続き(↓)にそのコドモたちを1枚だけ。

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ホーチミンの空港で夜を明かしてみた

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TSN(Saigon) Int'l Airport, VietNam  2011

仕事以外のコトだと特に決断が遅い僕なので、今回のベトナムも長考の末に予約はギリギリ。結果ホーチミン発フエ行き日中便は満席で、早朝6時40分しかなくなっちゃった。

ホーチミンの空港に23時に着いて街に泊まり翌昼のんびりフエへ…と思ったはずが、街に出て1泊しても滞在3時間!? いいやこの際空港で待ってよっと、ということに。

結局こんな人たちと一緒に空港外で5時間ほど時間をつぶしてしまいました。歳なんだからエアポートホテルくらい取れってとこですが、根が貧乏旅行者なもんでつい(笑)。

でも空港は日本の援助で新しくなってまるで成田か羽田みたい。昔のぼろくて暗い風情がよかったのに…と言おうとしたら国内線がその懐かしの建物でした。よしよし。

フェイサイとメコン川スピードボート

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Houei Xai, Laos  2000

撮ったのにどの媒体に載せなかった昔の写真はたくさんあります。メコン川を挟んでタイ北部と接する、ラオスの小さな国境の町・フェイサイの写真もそんな1枚。

でも、こうした絵柄をぱっと見ただけで10年前の出来事が手にとるように思い出せるのも、やっぱり写真のいいところ。そうそう、ここからスピードボートに乗ったのです。

メコン川のスピードボートは手漕ぎサイズの木造船に最新の自動車用トヨタツインカムエンジンを剥き出しで搭載した恐ろしい乗り物で、ヘルメット必須なことでも有名です。

いま見たらラオス政観HPにはちゃんと載ってるんですね、そんな船も。ルアンパバーン行き所要8時間、発時刻は早朝、但し6人集まれば(笑)…って昔と全然変わってない。

※ボートの写真はあとでまたupしますね。いまスキー場にいますので。

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