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東日本大震災

Tokyo311_800
Tokyo, Japan March 11, 2011

地震と津波、そして合わせて起こった原発の危機は、
ある意味で「日本人の生き方」の転換点になるのではないかと
僕は個人的に思います。そうしなければならない、
と言ったほうがいいかもしれません。

この未曾有の大災害は、少なくとも東日本のほぼ全員にとって
後々まで強く心に残る共通体験だろうと思います。
直接の被災がなかった僕のような首都圏在住者でさえ
親類縁者の無事を確かめ、さまざまなことを考えさせられました。


直後に誰もが改めて気がついたことは、きっと、
家族って大事だなとか、
家族や近しい人たちと暮らせるだけで幸せなんだとか、
もっと隣近所とか他人同士でも協力しなきゃとか、
こうこうと電気つけるのって無駄だなとか、
そういうことだと思います。
(あの瞬間のことをもう忘れたなんて人は、いないでしょう)。


(長くなるので以下は「続き」に…)

Hugeblast_800
Huge Blast  2011  建屋は高さ58m。これがHuge blast(大爆発)でないなら何なのか。



それにしても、ホントに僕は原発に疲れました。


事故当初から、
BBCなどの海外の報道サイトで建屋が相次いで「大爆発」する映像を
ほぼリアルタイムに見ていたから、
なおさらいつまでも事故を事象と言いたがったり、
「煙が上がったようだ」などと発表する姿に腹が立ちました。
(専門的語彙やパニック回避の理屈、さらには
退避していて目視できなかったなんていう"事象"はさておき)。
事故の一報以降ずっと、
安全地帯にいるカイシャ体質の人たちは
出来事を小さく誤摩化すことばかり考えていて、
政府に至っては一企業からのまた聞き情報しか持っていなかった。

カイシャや国家など「この国を束ねる立場にいる人たち」の最低さを
またもや見せつけられた気がして、僕は本当にイライラしていたのです。
(たぶんコレが僕の気分の核心でしょう)。
原発事故で東日本壊滅かという非常事態に直面しても、
お前らまだそんなグダグタなことやってんのかと。


地震や津波の天災と、原発停止後に起きたことは別問題です。


天災に関しては悔やみきれない気持ちの後に「がんばろう」と言おうと思う。
復興を信じていない人は誰もいません。


しかし原発のありかたと事故後の対処に関しては、誰もが
「人間の驕り」について今一度考えるべきではないかと思います。
事故の前から「放射線と放射性物質の違い」や
「日本の電力の原発依存率」を正しく知っていた人も極めて少ないでしょう。
僕自身、まったくと言っていいほど知りませんでした。

原発の是非はここでは論じません。
非常に非常に重要な議題ですが、
本題に比べればそれすらもピンポイントの善悪の議論に過ぎません。
本題は、人類がこの星にどうやって永続的に暮らして行くか
その哲学はどうあるべきか、ということなのです。
それが分かれば原発の是非も自ずと答えは出るでしょう。

あとになってようやく語られてくるようになった
日本の原子炉の方式からして壊滅は(たぶん)あり得ないという
「専門家の知識」がたとえ存在するとしても、
だから、そんなコトは議論の本題とはまったく違うのです。


これからの論調で気をつけたいのは、
地震も津波も原発事故もすべて単なる「不幸な災い」として片付けて
ただ「前を向いてがんばろう」としてしまうことだと思います。

原発技術そのものを過信していた人もいたでしょうし、
僕のように無関心のまま物質的な快適生活を追い求め、
結果的にそこからの電力を享受してきた人も多いでしょう。
そこにはきっと、
目を背けてはいけない間違いがあったはず。


じゃあ我らがニッポンは今後どう「がんばる」のか。


今一度、
先に触れた言葉を記します。

誰もが改めて気がついたことは、きっと、
家族って大事だなとか、
家族や近しい人たちと暮らせるだけで幸せなんだとか、
もっと隣近所とか他人同士でも協力しなきゃとか、
こうこうと電気つけるのって無駄だなとか、
そういうことだと思います。

旅人としてアジアを歩いた経験のある方などは
路地裏の家族社会に今も息づく人々の姿こそ、
「日本が忘れてしまった何か」だと
気がついているかもしれません。

質素倹約に戻れというのではありません。
単に旧来の「足るを知る」という禁欲的な姿勢ではなく、
この日本から新たなグローバルスタンダードを作るつもりで、
欲望と必要の違いを賢く見定め、
シンプルで永続可能な「心豊かな暮らし」へと
舵を切ることがいいのだと思います。


震災後ようやく復活したばかりのTV番組で、
スタジオジブリのドキュメントを観た人も多いでしょう。
宮崎駿監督がこんな意味のことを言っていました。

「SF映画でよく見る殺伐とした近未来の風景って、
嘘だなって思ったんです。
そこに緑がないはずはないと。
緑があるから人が生かされているはずなんです」


日本経済の未来を拓くための助言として、
ファーストリテイリングの柳井正会長の言葉も引いておきます。
「資源の乏しい日本はモノを売って生きるしかない。
それだけは昔も今も、ずっと変わっていない」。

燃料資源はなくとも技術と努力でやってきた日本国。
その才能をどっちの方面へ活かすのか。
それはもちろん「地球に優しい未来の暮らし」に違いないし、
確かなことは、
断固として、
どんなことがあっても、
この星の上に「不毛の大地」など作ってはいけないのです。

新たな哲学をもってして、未来へ続く
新しい価値観や新しいライフスタイルを作ることこそ、
僕らに課せられた使命であろうと思います。


慣れ親しんだ東北地方が穏やかで安全な緑の大地に戻り、
被災された方々が再び力強く、そこに新たな生活の場を築く。
そんな日が一日も早く訪れることを願ってやみません。

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